シャーロック・ホームズの冒険データベース

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未婚の貴族 THE ELIGIBLE BACHELOR

ストーリー

事件を解決した後のホームズの元には、取るに足らない依頼ばかりが舞い込んできて、すっかり滅入っていた。そんな状態の中、連日のように奇妙な夢を見る。その夢をスケッチブックに取り憑かれたように書き留めるのだったが、現実世界でも次から次へと奇妙な幻影に取り憑かれるようになる。不眠で夜を徘徊するホームズはイプセンの「幽霊」を稽古中の劇場に迷い込み、女優のフローラ・ミラーと擦れ違う。そこではライヘンバッハを彷彿とさせる滝壺の幻影を見た。

心配したハドスン夫人に呼ばれたワトスンは、フロイトの夢判断についてホームズに講釈する。夢の内容はかつてのモリアーティ教授との死闘だった。空っぽの部屋に、張り地がズタズタになった椅子、バスカビル家の事件の際に訪れたグリンペン沼地から抜け出そうとする自分自身、男女ともつかぬ魔女のようなかぎ爪を尖らせた女が体を通り抜ける。それらの夢を繰り返し見るという。

同じ頃、独身の貴族として知られたセント・サイモン卿は、アメリカの大富豪の娘ヘンリエッタ・ドーランと結婚することになっていたが、式の当日に花嫁が失踪してしまう。ヘンリエッタを見つけ出す依頼を221Bに持ち込むが、同じ頃、花嫁のウエディングドレスがハイド・パークの池から発見される。やる気のないホームズに代わり、ワトスンがサイモン卿の相手をしていたとき、ハドスン夫人からベールを被った女性からメモを預かったとホームズに渡す。そのメモには「モードとヘレナはいずこへ?」と書かれていた。

サイモン卿が帰ると、ホームズはベールの女の人相をハドスン夫人に尋ねるが、ちょうど通りの向かいに件の女がいた。呼び止めるホームズだったが一足違いで、女は馬車で去っていってしまう。辛うじて女が誤って落とした手帳を手に入れたホームズは、ワトスンと共に手帳から女の素姓を明かそうと試みる。

その後、ワトスンに伴われたモンゴメリー警部がホームズと対面し、フローラ・ミラーを逮捕した事を告げる。披露宴の日にサイモン卿と一悶着を起こしたり、花嫁と一緒にいるところを見たという証言があるだけでなく、以前ミラーはパーク・クラブの門前でセント・サイモン卿を狙撃したとの証言も得ていた。

女優ミラーは、セント・サイモン卿のかつての愛人で、ウエディングドレスから発見されたメモに「例の場所にすぐに来るように。終日待つ F.M」と書かれていた事からも、ミラーが犯人であることは決定的だった。ホームズはなぜかメモの表ではなく裏を熱心に見る。同じ頃、ベールを被った謎の女が、ホームズに接触を図ろうとしていた。

しばらくしてベールの女ヘレナ・ノースコートが221Bにやってくる。セント・サイモン卿と結婚していた姉のヘレナは、サイモン卿に財産を奪われ、精神病ということにされ、城に監禁されているのだという。監禁の状態の調査を請求するものの、調査員が城に訪れた際には、フローラ・ミラーがヘレナに扮して欺いていたのだった。

アグネスは姉を取り戻そうと単身城に乗り込んだが、門番のトーマス・フルティエに襲われてしまう。ベールを取ると、アグネス・ノースコートの顔の半分には深い獣の傷跡が刻まれていた。ホームズとワトスンはヘレナを救出するためグラーヴン城へと赴く。同じ頃、フローラ・ミラーから全てを知らされたヘンリエッタ・ドーランも城へと向かっていた。

異色の一作・夢に取り憑かれるホームズ

さて、長編三部作ですが、レビューなどを読む限りでは、余り評判は良くないみたいです。海外のアマゾンでも、退屈という評価が出ています。確かに退屈で、2度3度繰り返し通して観るのは苦痛ですが、初めて観る時には、ジェレミー・ブレットが次はどんな演技を見せてくれるんだろう、どんなホームズを演じてくれるんだろうという期待感でイッパイなのです。もし今も彼が生きていたら、どんなに楽しませてくれて、どんなに人生が充実していたことか。楽しみが減ることほど悲しいことはありません。

初めてビデオで購入してみたときには、映像の鮮明さに驚きました。A Glanada Film とテロップが出てくる所など、ちょっとした映画みたいです。今までとは異なるホームズの登場の仕方に、待ってましたジェレミー!と感激した物でした。より内省的で、ホームズの内面に踏み込んだ、純文学風味の2時間ドラマに仕上がっています。退屈なことは確かなのですが、昔はビデオで繰り返し通して見て、ジェレミーの演技を堪能していました。

ミステリーの謎解きの楽しみは皆無ですが、これまでとは異質なホームズを見れます。他に作られたホームズ物でも、原作にはないオリジナルな内容の物はありましたが、やはりジェレミー・ブレット他周りを固める役者さんやスタッフが作り上げたグラナダホームズの地位があってこそ、退屈ではあるものの鑑賞に充分堪えうる、何度も見返す価値のある作品として仕上がったのではないでしょうか。

また、今回は初期シリーズでワトスン役だったデヴィッド・バーグの奥さんが一人二役で出演しています。顔に獣に襲われたような引っ掻き傷があるために覆面をしている下宿人の女性がそうなのですが、この女性が登場した際に、「シャーロック・ホームズの事件簿」の短編「覆面の下宿人」が真っ先に浮かびました。原作の短編の方はサーカス団員だった女が、策士策に溺れるで、ライオンに引っかかれてしまうのですが、やはりグラナダ制作チームはこの短編も意識してオリジナルストーリーとして盛り込んだのでしょうか。

覆面の女性はトーマス・フルティエにフォークのような物で顔に傷を付けられ、トーマス・フルティエは豹に食い殺されます。どうせならデヴィッド・バーグも変装して何かの役で出て欲しかったです(笑)。レディ・フローレンス役のメアリー・エリスは、次作の「三破風館」のメアリー・メーバリー役でも出演しています。

他に見ていて気になった点を幾つか

夢を語るシーンでモリアーティ教授との死闘の他に、沼地から這い出そうとする己自身も語りますが、その際に付け足すように「グリンペン・マイヤー」と口走り、短く微笑みます。グリンペン沼地は「バスカビル家の犬」の舞台となった底なし沼ですが、ひょっとしてジェレミーのアドリブでしょうか。

心配したワトスンはホームズの机の引き出しを調べますが、かつて「悪魔の足」の回で捨てたはずのコカインの注射器があります。使ってはいないようでワトスンはとりあえず安心します。

舞い込んでくる依頼が取るに足らない物ばかりで、モリアーティ教授の死を惜しむシーンもありますが、この描写も原作であったような気がします。かつては初期の「ぶな屋敷の怪」でも、取るに足らない依頼に失望するホームズが描かれました。

「恐喝王ミルヴァートン」の回とは違い、ホームズはハドスン夫人に優しいです。どことなく心温まります。ホームズの調子がいつものように戻ると、また前の人を顎で使うような関係に戻ってしまいますが。

ハドスン夫人が心配してワトスンを呼ぶシーンは、「瀕死の探偵」を彷彿とさせますが、直後の第6シリーズで「瀕死の探偵」は見事にドラマ化されてしまいます。脚本家が長編化する際にエピソードに困って、ドイルの原作の要素を変形させて盛り込んだのでしょうか。それとも長編三部作でも改編の多いこの作品は、他の短編から独立した作品としてみるべきなのでしょうか。メアリー・エリスも直後に違う役で出演していますし。

我らがレストレード警部ですが、今回はレミントンスパーに湯治に行っているので、モンゴメリー警部の登場となります。湯治と聞いてワトスンが軽く苦笑しますが、モンゴメリー警部との談話が終わった後にジェレミーが「レストレードが湯治か。奥さんと一緒だと良いんだか」と言うと、後ろにいるエドワード・ハードウィックが素で笑ってます。字幕ではそんなに笑えるような内容ではないので、謎です。これも役者の私生活を種にしたアドリブか、それとも日本語では理解不能な深いウィットが隠されているのか。

ミステリーの要素はほとんど皆無ですが、夢に苦しめられるホームズの演技は、細かいところまで我々にも思い当たる節がありますし、トラウマに苦しめられる女性も見事に描かれています。大きなお城も豹も出てきます。今までと比べると、ミステリーの枠を飛び越えたスケールの大きな長編となっています。まさにチャレンジングな一作です。

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