シャーロック・ホームズの冒険データベース

グラナダTV版シャーロックホームズ & ジェレミー・ブレットファンサイト

ボール箱 THE CARDBOARD BOX

ストーリー

クリスマスが近づいていた或る冬の日、221Bでは原因不明の墓暴きについて、ホーキンズ警部が報告に来ていた。ホームズはガルが怪しいと睨む。クリスマス・イブに警視庁に遊びに来ないかと警部から誘われ、ホームズは物憂げに「クリスマスか・・・」と呟く。

数日後、スーザン・クッシングが、ホームズの元に相談に訪れた。毎週金曜には必ずお茶に来ていた妹のメアリー・ブラウナー夫人の連絡が途絶えたのを案じての事だった。尋ね人欄に広告を出せばいいとつれないホームズだったが、クリスマス・イブのパーティで、ミス・クッシングが届いたクリスマス・プレゼントを開けると、塩漬けにされた二つの耳が出てくる。ワトスンによると、二つは別人の耳だという。心辺りを尋ねたホームズは、もう一人の妹セーラについて話す。

セーラは、下宿人のマルセルと仲を通じていたため、揃って家から追い出されたところだった。セーラの元に出向いて話を聞くと、メアリーはアレックと駆け落ちしたのだと言い張る。夫のジム・ブラウナーは酒飲みで度々メアリーに暴力を振るっていたというのだ。耳の送り主について心当たりがないか尋ねると、下宿を追い出されて恨んでいたマルセルの仕業だろうという。ホームズは彼女の証言を嘘だと見抜く。

グラナダ版シャーロック・ホームズ最後のドラマ

同じ第6シリーズでも、最後の撮影となった「ボール箱」は、ジェレミー・ブレットの様子が他の回とかなり異なります。それもそのはずで、「マザランの宝石」撮影中に持病が悪化して緊急入院し、その退院後に撮影されたのですから、無理もありません。病み上がりのしんどさが漂っています。それでもかつての面影が、ジェレミーが演じるホームズの精彩溢れる魅力が強く放たれる瞬間を何度も見ることが出来ます。

ホーキンズ警部とワトスン、ホームズが仲睦まじくクリスマス前後を過ごします。ワトスンのクリスマスプレゼントに悩むホームズや、アスベストラを巡るハドスン夫人との攻防、クリスマスイブの日にスコットランドヤード(ロンドン警視庁)に誘われる辺り、原作にはないので、見ていてなかなか楽しいです。ベーカー街に漂っている雰囲気は和やかです。平行して入れ替わり立ち替わりで物語の本筋が流れます。

大筋は原作と違うことはありませんが、細かい設定では大きな脚色が加えられています。ドラマではクリスマス・ストーリーとなっていますが、原作では夏の事件です。また、伏線でガルなる怪しげな人物が出てきますが、原作には登場しません。余り意味のない脚色のようにも思えますが、原作では語られなかった事件を彷彿とさせ、物語に厚みを持たせています。ガルは名前の響きといい顔といい、かなり怪しい雰囲気を漂わせています。

原作から著しい脱線を示したグラナダ版シャーロック・ホームズシリーズ三部作の後に制作された第6シリーズですので、第5シリーズと比べてどれくらい原作を改変しているのか毎回に気になるところですが、第3シリーズの「プライオリ・スクール」でもラストは原作とはかなり著しく異なる結末でしたので、第6シリーズに入ってからは、かつての原作に忠実なグラナダ版に近づいたともいえます。アクシデントでマイクロフト・ホームズを登場させざるを得ない状況にはなりましたが、既にグラナダ版はこれまでの功績により独立した人気を保っているので、原作の多大な改変も問題ないといっても差し支えなく、原作に忠実なために退屈になってしまうことを避けるために或る程度脚色するのは致し方ないことかとも思われます。

原作の「ボール箱」は当初、第二短編集「シャーロック・ホームズの思い出」に収録されていましたが、その後三角関係を扱っているのが道徳的に好ましくないという理由から、ドイルが自主的に短編集から外しました。後になって第四短編集の「最後の挨拶(His Last Bow)」に再収録されることになります。

映像的には雪景色で寒々しく、全体的にはクリスマスにもかかわらず憂鬱です。ジェレミー・ブレットの顔色が悪いのも気にかかります。ラストシーンは吹き替えよりも生のジェレミー・ブレットの声で聞いた方が真実味があるように聞こえます。どことなく「名探偵ポワロ」にドラマ作りの雰囲気が近づいてきたような気もしますが、今作を最後にグラナダTV版シャーロック・ホームズシリーズは、幕を閉じることになります。

類い希な功績を残した偉大な俳優ジェレミー・ブレットは、約1年後の1995年9月12日、惜しくもこの世を去ります。

もしジェレミーの体調が回復して長生きしていたら、残りの原作もドラマ化されていたでしょう。続きが見たかったですし、ホームズを演じ続けて欲しかったので、残念でなりません。すでに長編三部作辺りから原作とはかけ離れた作品になってきたので、原作をどのように演じるかよりも、ジェレミー・ブレットが原作の持ち味を生かしつつ、新しいホームズ像をどのようにに作り上げることが出来るかという点に、私自身はドラマの楽しみ方が移ってきていました。そして第6シリーズでは、体力的な制約はあるものの、ジェレミーは見事に新しいホームズを演じることに成功しています。

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